君の名は
Posted on 2014年6月7日土曜日
我ながら馴れ馴れしいと思う。
最近、私はボブのことを「ボブ」だとか「ボビー」だとか呼び過ぎているような気がする。
たまには、ちゃんと「ディランさん」と呼んだ方が良いのかもしれない。
ファンというのは、常に自分こそが世界で一番のファンだと信じている。だから多少馴れ馴れしくても許されるのだと、おこがましいとは知りつつも心のどこかでは思っている。
だがそこには大きな問題もある。
自分以外にも同じようなファンはいると言うことだ。それも大勢。
こんなことを考え始めたのは、テレビでとある有名人がボブのことを「ボブ」と呼んだからだ(しかも私はこの人のことがあまり好きではない)。
こ、こいつ、馴れ馴れしすぎる…!
自分のことを棚に上げて、そう思った。
例えば、ボブ・ディランのファンとして最も有名なみうらじゅん氏はボブのことを「ディラン」と呼ぶ。
なんとも一歩引いた奥ゆかしい呼び方ではなかろうか。
氏は本当にボブのことを愛しているだろうし、知識も豊富だ。そんな彼が「ディラン」と呼ぶと、単なるファン以上の何かを感じる。まるで生き物の学名のようだ。
ボブの著作を訳したり、評論したり、本を書いたりする人たちもまたボブのことは大抵「ディラン」と呼ぶ。彼らはボブに近付きすぎることを恐れ、私的な感情を挟まないように「ディラン」と呼ぶのかもしれない。
では、私も含め他の人たちはボブのことを何と呼ぶだろうか。
私は日本で行われたライブにしか行ったことが無いが、さまざまな呼び声が上がって面白い。まるでステージに大勢の別の人間がいるかのようだ。
何人ものボブが存在する。それはある意味で正しい。
多いのはやはり「ボブ」だ。
次に「ボビー」。
「ディラン!」と苗字で呼ぶ人もいる。
必ずいるのが「ジンマーマン!」と叫ぶ人だ。多くは無いが、必ずいる。もしかしたら同じ人なのかもしれない。面白いが、聞いてるこっちはどうも釈然としない。ボブは果たして喜ぶのか?
海外サイトの掲示板では「ミスター・ディラン」と敬称を付けて呼び合っているのを見たことがある。
丁寧だし他人の気分を害することも無い。少し距離も感じるが、馴れ馴れしいより良いだろう。
ボブは多くの別名も持つ。
1988年に結成されたトラヴェリング・ウィルベリーズ時代の「ラッキー」、Love and Theft 以降プロデューサーとして活動する場合に用いる「ジャック・フロスト」、そしてアルバム Slow Train Coming 収録の Gotta Serve Somebody に登場する「ズィミー」。
私はこのZimmy(ズィミー)という名が好きで、ライブではボブにそう呼びかけたかったのだが、勇気が出なかった。
「ズィミー」は「ジミー」と聞こえてしまうから、という理由もあったが。
母親には「ロバート・アレン」と呼ばれ、The Bootleg Series Volumes 1–3 のライナーノーツに載っていたボブのパスポートには「ロバート・ディラン」と書かれている。
73年の映画『ビリー・ザ・キッド/21歳の生涯』に出演したボブの役名が「エイリアス(偽名)」なのは、今から考えると非常にストレートだ。
78年に自ら撮った映画 Renald & Clara の「レナルド」もボブ自身であることを忘れてはいけない。
その全てがボブの名であり、同時に虚構のようでもある。
今年、ライブ会場でファンの一人と少し言葉を交わす機会があった。そのとき、私はボブのことを「ボビー」と呼んでしまい、後から少し恥ずかしい気分になった。
大して親しくも無い相手に、オタク的な発言をしてしまったような気がしたのだ。
理屈では分かってたつもりなのだが、浮かれすぎていて冷静さを欠いた。考え過ぎだろうか?
しかしファン同士だったとしても、いやファン同士だからこそ、それが初対面の相手であればなおのこと、ボブのことを馴れ馴れしく呼ぶのは失礼に当たるかも知れない。
ボブはお互いにとって大事な人だからだ。
そんなときに適切なのはきっと「ミスター・ディラン」なのだろう。
1984年に36歳という若さで亡くなったフォークシンガーのスティーヴ・グッドマンのアルバム Somebody Else's Troubles (1972) にボブは「ロバート・ミルクウッド・トーマス」と言う名で参加し、ピアノとバックコーラスを担当している。
「ロバート」の愛称は「ボブ」。
「ミルクウッド」はディラン・トーマスの作品 Under Milk Wood から。
そしてディラン・「トーマス」。
言うまでもないだろうが、ディラン・トーマスはボブがその名から「ディラン」という名前を取ったと言われるウェールズの詩人である。
パズルのように、己のアイデンティティを分解し、再編し、変身しようとするボブ。
彼をどう呼ぼうと我々はボブの本質を掴むことは出来ない。
それでも私はこれからも彼のことを「ボブ」「ボビー」と呼ぶ。
彼のことをどこか知ったつもりになって…。
Steve Goodman - Somebody Else's Troubles
ボブの声が聞こえる!
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