Shadows in the Night

Posted on 2015年2月15日日曜日


 ついにボブ・ディランの新譜「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」が出た。
 発売日から早10日。世界中で絶賛され、英国ではアルバム・チャート初登場第一位を獲得。
 アルバム発売の直前には AARP(米国退職者協会)の雑誌で自身の宣伝…じゃなくて雇用の問題について鋭く切り込んでみたり、AARP会員にCDをばら撒いてみたりやりたい放題(この一連の活動はAARP側の宣伝なのだと思うんだが)。
 忙しくしておられるな〜、と思ったのもつかの間、毎年グラミー賞授賞式の前に行われるMusiCares Person Of the Yearには我らがボブが選ばれ盛大なトリビュートライブが催された。
 そのとき話題になったのはボブのスピーチ。原稿用紙片手に昔話と愚痴を言ってたら、10分のはずのスピーチは40分に!!!
 これこそ生で語られる貴重な音楽史だと翌日には伝説化(早っ!!)。
 残念ながら今のところボブのフルスピーチを見ることはできないが、グラミーの公式やYoutubeなどでその模様をわずかに見ることはできる。だがもしボブのスピーチの全容がどこかに出回ってるなら、知ってる人はどうか教えて欲しい。

 ボブのスピーチ全文はこちら→ボブのスピーチ
 日本語訳はソニーの公式に掲載されている→ボブのスピーチ(日本語)

10分で終わらせる気、絶対ねぇな
 そんなこんなでボブの新譜の影が薄くなったかって?
 まさか。
 「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」は期待を裏切らない超傑作だった。


特典に釣られて国内盤を購入。
バッジも自分もなんだか小さい。
  
  Shadows in the Night
  1.  I'm A Fool To Want You   
  2.  The Night We Called It A Day   
  3.  Stay With Me   
  4.  Autumn Leaves   
  5.  Why Try to Change Me Now   
  6.  Some Enchanted Evening   
  7.  Full Moon And Empty Arms   
  8.  Where Are You?    
  9.  What'll I Do   
 10.  That Lucky Old Sun


 初めて通しで聴いた感想は「こ、こんな声で歌うとは!!」(←失礼)だった。
 近年稀に見るシンプルな音作りのため、声は特に強調されている。そして、前作「テンペスト」よりも圧倒的に声が澄んでいるし、伸びる。いわゆる「美声」とはいかないまでも(ボブの本当の美声はアルバム「ナッシュビル・スカイライン」(1969年)だから)、このメロウだが甘すぎない歌声はアルバム「クリスマス・イン・ザ・ハート」の数曲を思い出させる。

 「 Full Moon And Empty Arms (寂しい私)」と「Stay With Me」は昨年からプロモーションされてきたのですでに何度も聴いていて、「この感じ」を一枚のアルバムで聴けるなんて至福だなぁと心待ちにしていたのだが、ボブはそんな期待を軽々と超えてくれた。
 10曲という、最近のアルバムでは極端に少ない曲数。収録時間はなんとたった35分。でも、これぐらいでいいんじゃない?
 35分であれば、いつ聴き始めても大抵最後まで聴くことができる。夜も更ければ2時間超えの映画より1時間半の映画の方が見ようという気が起きるものだ。このアルバムも手軽に手に取れる、今回のアルバムはそんな魅力も持っている。

「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」というアルバムタイトルはフランク・シナトラの1966年のヒット曲「夜のストレンジャー(Strangers in the Night」から着想を得ているのではないかと言われている。今回のアルバムはシナトラのカバー集とも言われているが、中にはシナトラがオリジナルではない曲も含まれる。シナトラが歌ってヒットした曲や、シナトラバージョンが特に有名な曲などだ。

 シナトラがオリジナル…1、2、3、5、7
 4…イヴ・モンタン(フランス語版オリジナル)、 ジョニー・マーサー(英訳版)
 6…エツィオ・ピンツァ
 8…ガートルード・ニーセン
 9…グレース・ムーア&ジョン・スティール
 10…フランキー・レイン

 正直言って「Autumn Leaves(枯葉)」と「Where Are You」、「What'll I Do」にはピンと来ない。
 唯一の有名曲と言って良い「枯葉」だが、ボブが歌ってるにも関わらず特別感が無い。あまりに有名曲すぎて吹き出しかけたぐらいだ。「枯葉」を歌うか「My Way」を歌うかという、よく分からない選択を迫られたのかもしれない。後者じゃなくて本当に良かった(ちなみに両方とも原曲はフランスのシャンソン)。
その他の二曲については、まだよく分かっていないために印象が薄いだけかもしれない。聴くに従ってこれらの曲の印象が変わっていく可能性もある。このアルバムのボブの歌声は、聴くたびに何かしら新たな発見があるのだ。

 逆にとても気に入ったのは「I'm A Fool To Want You」 「Some Enchanted Evening」 「That Lucky Old Sun」だ。
 「I'm A Fool To Want You」の出だしは一曲目ということもあって最初はギョッとするが、ボブの色っぽい声が徐々に癖になってくる。
 「Some Enchanted Evening」は純粋にいい曲だなぁと思うし、「That Lucky Old Sun」に至っては、参りましたスミマセンm(__)m と何も悪いことしてないのに謝りそうになる出来栄えだ。ひれ伏しても足りないかもしれない。もう地中に潜るしかないかもしれない(何言ってんだ)。

 「That Lucky Old Sun」はこのアルバムの中でも特に変わった一曲だろう。
 この曲はシナトラにしては珍しく、若干の宗教性を秘めている。これまで恋や人生について歌っていたシナトラが、やるせない宿命のようなものを歌っている。
 もうひとつは、必ずしもシナトラ版が代表的なわけではないということだ。多くの有名アーティストによってカバーされており、そこには様々な解釈が存在する。ボブの言う「カバーされすぎて本質が埋もれてしまった曲」というのはまさにこの曲かもしれない。
 そして、このアルバムの中で唯一、「夜」というテーマから離れている曲なのである(もちろん「夜」に限定しない曲はあるが)。
 「シャドウズ・イン・ザ・ナイト」というアルバムは、人間の寂しさと恋しさを切なく歌いあげながら、最後には「Up in the mornin' , Out on the job 朝起きて仕事に出かける」という太陽がぎらつくような「真昼間」の歌で幕を閉じるのだ。
 一体この仕掛けにはどんな意味が込められているのだろうか。

 この曲は本当に多くのカバーが存在し聴き比べは面白い。だが中には「なんじゃこりゃ」というものもある。そんな中でボブ・ディラン版の「That Lucky Old Sun」はこの曲にあらたな命を吹き込んだと言えるだろう。

この曲についての続きは次回。

 それではシナトラ版の「That Lucky Old Sun」でお別れです。

Frank Sinatra - That Lucky Old Sun


 叙情的!

Discussion

Leave a response